俺の思うハードコアサーファー=ソウルサーファー

        〜インドネシア、ニアスへの旅より〜

 アーチやラットボーイが好きで、ボルコム着て、ロストの板乗って、メロコア聞いて、

 タトウーいっぱいで、クスリにケンカだーい好き!って人、ハードコアサーファー?

 違うよね。 それだけじゃハートがないし。 そんなハードコアに感動して、

 カッコイイと思って、ついて行く人なんて居ないでしょ!

 俺が思うにハードコアって、生き方であって精神的なものなんじゃないかな〜。

 本物のハードコアサーファーは=本物のソウルサーファーなんだと思うんだけど?

 勘違いしてる若い衆が、カッコだけ真似してイキがってるの見るとなんかつらくなる。

 それでー、ホンモノだ〜!と俺が思った事、書いてみたくなった。

 今までの人生で出会った、たくさんのソウルサーファーの中でも

 ピカイチの彼のお話しです。

  98年10月に、インドネシア、ニアスに行きました

 その頃はすでに日本からのツアーも出ていましたが、そんなスリルのないツアー

 より自分で手配して苦労して辿り着きたかったし(はウソ!その方が安く行けるだろう

 って気持ちがほとんど)さらに暴動の最中で日本からのツアーはオールキャンセル

 だったけど今回を逃したらもう行くチャンスはないだろうと思いGO FOR IT!

 

 かなりのドタバタ劇の末、ついに憧れのラグンドウリに付くことができました。

  

 英語がほとんど話せない私にとって、これは大冒険で、ものすごい自己満足の世界で

 オレこそがハードコア(ソウル)サーファーだ〜!とニヤけてました。

 そのニアスからの帰り、となりの村で暴動がおこり道が閉鎖

 2日間足留めされたあげく、帰りの飛行機もなくなってしまったのです。

 しかたなくニアス島からスマトラ島まで船で渡ることにして港に向かう。

 かなり大変でしたが、なんとかチケットをゲット! 夕方ニアスを出発して

 翌朝スマトラに付くというナイトクルーズでした。(船はボロイけど、、)

 その船のデッキでサーファー風の2人を見つけて話したくてしょうがなくなり

 声をかけたら彼等も隙だったらしく、すぐ仲良しになれた!

 話してるうちにこいつはスゴいって思った。

 スティーブ(34)とマーク(23)というオーストラリア人なのですが

 スティーブはオーストラリアを離れその時で2年前からヒナコ諸島、

 Asu島(アス島)に住んでいるとのことでした。

 Asu島っていったら、そりゃもう原始的な所でマラリアの宝庫、原住民くらいしか

 イねーだろ!って所で、その島のレフトのポイントの前に家を立て、ボートも買って

 サーフィンライフを送っていると言うのです。

 

Asu島の説明:ホテル、病院あるわけない。  車、電気、水道あるのかな? とにかく海とジャングルしかないだろう!

 Asu島知ってる人なら、そのスゴさが解るでしょ!

 これぞソウル! これぞハードコア!

 誰も居ないから誰にも知られないけど、そんな所で一人でやってるんだぜ!

 「で、何しにスマトラいくの?」と聞いたら、スマトラ島の中央のトウックトウック

 という湖にバカンスに行くとのことでした。  ?????

  なんでサーファーがわざわざ海を離れ、男2人で湖にバカンスなの?

  と思い聞いてみると、

 「波はいつでもパーフェクトだし、人もいないし、そんなとこに暮らしていると

  たまにはレストランで美味しいものが食べたいんだー」と素の返事

  Oh~! Natural !  心から尊敬した。 

 「お前はどこに行くの?」と聞かれメダン空港と答えると、

 「そりゃ車で12時間くらいかかるゼ!トウックトウックは

  ちょうどその中間でとてもいい所だからお前も一泊してけば?」って、、、

  おもしれ〜!行く行く!! って俺もきてるでしょ〜。

 タクシーにみんなで乗ってドライブ気分でジャングルを進む!

 途中マークが作ったテープ(マークは遊びに3ヵ月きてるんだって)を聞いて、

 その曲ってのもマークがスティーブに作ったって曲で、かなりマニアックな

 ギターのみの、ぶっ飛んだ曲だったさ!

 7時間程走ってその湖に到着!

 着いていきなりジモ人のおじちゃんにナニジン?って。 日本人だって言ったら

 いろいろボッタクられるかなと思いシカト!  チャイニーズ? マレーシア? 

 質問大好きな おじちゃん にあきらめてジャパニーズと答えると、

 「オ〜 キノウ、スマトラ デ ジャパニーズ コロサレタ!」みたいな事を

 現地語+英語で教えてくれた。  彼は気をつけろよ! の意味だっただろうが、

 ここもスマトラ、ただただビビッただけだった。

 湖のまん中に島があり、そこに数件の宿があった。

 インドネシアとはいえ、そこは高原でかなり寒かったが、トムソーヤでも出て

 きそうな素敵な宿で村人も素朴であったかい!

  

 行ったことはないが、ここはスイス!?って感じだった。 インドネシアは広い!

 バリ島とはまったく違う文化があった。 最高ーーーーーー!!!!!!

 どうだーツアーでは味わえない最高の旅&出会い!!

 その日は一日 ぶっ飛んで ヨタ話ししての〜んびり過ごした。

 その頃には、俺の話せる英語の質問はすべて出尽くしていて、たいした会話は

 なかったが、どう考えてもお互い仲間であることに間違いはなく自由に笑ってた。

 今度ASU島の俺の家に泊まりに来い、一緒にサーフしようぜ! とスティーブ。

 オイオイ!軽く言うなよ〜、でも行きて〜え!

 スティーブが電話でメダンからバリまで帰る飛行機の手配をしてくれて

 明日の昼過ぎまでにはメダンへ行かなくてはならず明日でお別れだ。

 翌朝、メダンまでさらに5時間程かかるので、朝6時の出発!

 スティーブ&マークはまだ寝ていた。

 

 なぜか起こしちゃ可哀想だと思い、手紙と化膿止めのキズ薬、包帯、などを

 彼等の部屋のノブにかけて、挨拶はしないで出発した。

 今思うと「あれで良かったのか?起こして挨拶して帰ればよかったかな?」

 と思うが、手紙にも『さいこーの友達! すげーハッピータイムをありがとう!

 君らの事は絶対に忘れない! さいこーなメモリーだぜ! それといつもの

 HAVE A GOOD WAVE &GOOD LIFE! 』って書いたからあいつらも解ってるだろ〜。

 ただ英語のスペルがこりゃまたインチキなんだけど、、、、

サーファーってオレを含めいい加減な奴多くて、ずーっと連絡とらなくても

ひさーしぶりに海であったら、よ!ってお互いぜんぜん自然に友達なんだよね。

だからサーファーって好き! 1日一緒に遊んだだけだが絶対に忘れないぜ!

 湖を渡るボートで少し涙がでたが、この先もまだまだ俺のサバイバルは続く。

 何も分からないという不安&冒険心がセンチメンタルに勝ったのだ。

 タクシーを拾いスマトラを横断。 その先はわりと都会で道路も舗装されていて快適!

 早く空港に付き過ぎて4時間ほど待たされたが、スムーズに飛行機に乗れた。

 生きて帰れた〜!という安心感で寝てしまった。

 ジャワ島でトランジェットしてやっとバリ、デンパサール空港に付いた。

 こうして、8泊 13日 のニアスの旅は終わった、、、。

 

      次ぎは何処に行こうかな〜。    NORI

 この旅日記の詳しい版を3日おきに、連載して行きます。

   かなりのトラブル続きで読みごたえありますよ〜! 

          お楽しみに、、、。

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