1999/09/05

          「 My way 」

     自分の人生、自分の道、起承転結 これを読んだら Nori という人間が理解できる!?

     但し、長文です。                            by Nori

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 今回は、私自身について書いてみる

 私は20才の時サーフィンに出会った。(もっと前に知ってたらな〜)

 サーフィンをやる前までは、サーファーってナンパっぽくて(サーファーはモテていて私の敵だった)

 「日本の小さな波乗ってどうすんだよ」 くらいに思っていた。

 高校を卒業した (勉強きらいで問題児だった) 私はとこやの専門学校に入り床屋になった。

 そこのお客さんに誘われ、海水浴気分で海に行き初めてサーフィンをした。

 早朝、家を出て館山方面へ。   たしか千倉が私のデビューポイントだったと思う。


  難しい!

 負けず嫌いの私は、当然ひたすら海に入り続けた。  肩〜頭くらいの波だっただろうか。

 根性でアウトに出たものの、なにも出来ず捲かれっぱなしだった。

 帰りの車で、「アウトに来ただけでもエライよ」 と誉めてもらえたが、ぜんぜんうれしくない。

 私の頭の中では、今度はいつ行けるか?ということでいっぱいだ。


 この日から海の事を考える日々が続き、3カ月後、仕事をやめた。

  理由? 海いきたい、、それだけだったかもしれない。


 夜、BARで働き、朝サーフィン行って、少し寝て仕事というパターンで

 週2〜4回は海に向かった。

 中学の先輩でサーフィンしてた人がいて、一緒に行くようになった。

 彼は大学生で、ハワイに行ったことがあり、いろいろ話しを聞いた。

 それまでの私は飛行機に乗ったことすらなく、その先輩をすごいなー、

 かっこいいなーと思うばかりだったのだが、彼が卒業旅行でハワイに行くから

 お前も来ないか?って誘ってくれた。


 自分のレベルはまだ、テケテケだったが 行きたい!それだけだ。

 バイト気合い入れて、一カ月のハワイ合宿に参加できた。

 タウン側(アラモアナ〜ダイアモンドヘッド)を中心にサーフして

 夜はナンパと最高の旅行だった。

 これをきっかけにサーフトリップジャンキーとなり年2回はハワイ、バリに

 行くようになった。

 人は、私を遊び人と呼んだ。

 

 しかし私はサーフィンもナンパ(数じゃなく、最高の女をさがして)も

 気合い を入れてがんばった。    負けたくなかったのだ。

 朝一から海に行き、夕方からナンパ、明日の朝を考えて12時までに

 決まら(エッチ)なければ、送り返して寝るという日々をすごした。

 自分をちょーまじめだと思っている。


 サーフィンのために仕事をして、トリップのために貯金をした。

 御飯なんかもグルメなものは、食べたことはなく映画、遊園地、その他の

 流行りのプレイスポットなど行ったこともない。(今でも)

 そういうものに興味はなく、かんぜんにサーフおたくである。


 ケチnoriと呼ばれたが、あんなに素敵な事を知っていて心は満たされていた。

 もっとトリップ行きたい!それだけで、その他の贅沢は我慢できた。

 そんな私にはポリシーがあり、仕事、サーフィン、遊び どれをとっても

 まじめにやる。


 仕事が出来ないことは恥じであり、人に出来ることは、なんでも出来ないと嫌だ。

 気合い!さえあれば何でも出来ると思う。  なんでも出来たからだ!

 辛いこと、解らないこと、いろいろある。   だが成せば成る!

 完璧ではなくても、前よりすこしは成長しているはずだ。

 お金をもらって仕事するからには、自分じゃなきゃって思われるよう努力した。

  何年も続くその努力が、自分なら何でもできるという自信になる。


 私には、どうしよう?と迷っている時間は少なく、

 やるかやらないか、やるためには何が必要か?と考える。

 日本にそこまで 気合い の入ったライバルは少なく、まだまだチャンスは

 いくらでもあるはずだ!


 年に何回もトリップしたいと思った私は、せめてチケット代だけでもと思い、

 なにかビジネスにつなげられないか?と考え、少しづつ物を買って帰って

 いろいろなお店をまわって買ってもらった。

 なにも分からないまま、そんなことをしていたら、いつしか輸入業になり

 小さいがお店を持てた。

 年に5〜6回は海外に出るような生活になり、人からは いいよなー って

 言われるが、私には理解できない。


 私は人一倍ストレスに弱く、仕事がきらいで、いつもジレンマと戦っている。

 何かをしていてもサーフィン以外では満足できず、いつもワクワクを探している。

 このワクワクがない時間は大嫌いで満足できない。

 自分で何かをするためには、それだけ大変な事もたくさんある。

 すべて気合い!で乗り越える。


   だが私の理想の生活には程遠く、そのための準備の日々だ。

   もう30才になるが将来何になりたいか解らない。

   生きて行くために大嫌いな仕事もしなくてはならない。

     いつまで続くのか?    たぶん一生だろう。

     ただ 目標と理想 に向かってがんばって行くだけだ。


 

 ***

 昔、アメリカは強かった。  日本との戦争にも圧勝しまさにNO1だった。

 その後アメリカの若者たちは、先代の作った栄光に甘んじて堕落した生活を

 おくっていたのだろう。  アジアの人間など格下だと思っていたことだろう。

 しかし日本はがんばって急成長を遂げた。

 お金を持った日本人がアメリカに行き金髮ネーチャンを買っただろう。

 それを見たアメリカ人(男)の心境を考えてほしい。

 格下だと思っていた、アジア人が大金を持って来て欲しいものを買っていき、

 自分では高くて行けないような店に出入りしている。

 かなりムカツク!だろう。

 しかし、がんばることをさぼった人間には当然のことだと思う。

 そうして日本は大きくなった。

 日本に金と物が溢れ、そこに生まれた子供たちは不自由を知らず、

 がんばる事を忘れていった。


 私も以前、韓国人や中国人は自分より格下だと思っていた。

 しらずのうちに、そう教育されていた気がする。

 しかし、彼等は日本人がうかれている間も勉強、仕事にがんばった。

 もはや対等だ。  いや若者の気合いなら彼等のほうが上だろう。


 六本木などでもアジアのお金持ち達がたくさん遊んでいるし、

 日本ツアーも人気をあつめている。

 サーフィンについても同じこと。  海外のいろいろなスポットにたくさんの

 日本人サーファーが来ている。

 ローカルを尊重するということは大切だが、私を含め遠慮しすぎでは

 ないだろうか。   この遠慮が日本人の国民性なのかもしれないが、

 世界で対等にやって行くには、もっとハングリーにいきたいものだ。


 ハワイ(ワイキキ)にしてもバリにしても、日本人女性はちやほやされるが

 男はばかにされっぱなしに思う。   いいカモくらいなもんだ。

 女性はちやほやと書いたが、なさけなくなるほどの失態を日本人代表として

 繰り広げている者も多い。

 国レベルで直していくのは難しいが、せめて自分だけはそうなりたくはない。

  すべては気合い!に始まる。

 私は100%常識的な人間ではない!

 私にとって常識は関係なく、自分が進むべき道を最短距離で生きたい。

 常識とは人が作った、才能を押さえ込み、横並びにしようとするくだらない物

 だと考えている。  自分の道には自分のやり方で進むのが自然ではないか。

 自由;私の大好きな言葉だ。 ただこの自由をはきちがえないように。

 自由には、自分勝手とはちがい責任が付いてくる。

 自由に生きるためには自分で責任がとれなくてはならず、いつも自分を

 コントロールしていかなくてはならない。 ものすごく大変なことだ。

 しかしこれこそが人間の動物としての自然な生き方だと思う。

 自分をどのようにしていくか考え、思い込め! 強く強く思い込めば本物になる。

 本物に失敗はなく道は開けるだろう。 本物には迷いはなく失敗に気付かない。

 自分の理想の世界に少しでも近づける準備をしよう。

 私は思い込みのはげしい、ほんもののバカなのさ。   イェ〜イ!